バイク歴
ブリヂストンBS50、ヤマハTY50、スズキハスラー50、スズキマメタン50、ホンダMB50、ヤマハDT200R、ヤマハセロー225
目次
ブリヂストンのバイク
昭和53年頃です。
アパートの敷地を中古バイクで埋める、作業着姿のKさんという30代の人がいました。
アルバイト先で、このKさんと知り合ってから自宅に遊びに行くようになります。
なんでも、バイクを磨くのを手伝ってくれたらバイク1台くれると言うのです。KさんにはSくんという私と同じくらいの年齢の子供がいます。
母親らしきひとは見かけなかったです。
趣味でブリヂストンのバイクを集めて乗っていたのです。
オフロードバイクでタカという車高が高いものがあり、緑のタスチビもありましたね。
毎週日曜日にはKさんのアパートに行き3人で古いバイクを修理していました。
タンクを磨きに磨き、やっと塗装です。スペーサーを吹き、最終的にオレンジ色のタンクになり、ヘルメットも上野まで行き買いました。ジェットヘルメットにゴーグルです。
手袋は溝ノ口にあるコミネオートで買いました。
私は自転車好きでバイクには興味がなかったのですが、くれると言うなら、乗って見ようと思い、誕生日がきた16歳になった時に試験場に行き原付免許を取りました。
50問題でて45点以上合格の筆記試験だけですから気が楽です。でも一回落ちましたね、恥ずかしかったですね。神奈川県運転免許試験場は二俣川駅近くにあり、長い坂を登ったところにありました。
2回目で原付免許を取りまして、はれてバイクを乗れるようになりました。
錆たタンクをサンドペーパーで磨き、塗装して組み上げて作ったブリヂストンのオールドバイクで、初めてツーリングで城ヶ島まで行きました。
当時でもブリヂストンのバイクはレトロで若者が乗っていたら、何これカッコ悪い~っとよく子供らに言われてましたね。
ガソリンスタンドに給油に行くと店員さんには珍しいといわれました。
2ストロークでガソリンとオイルを混合で入れるので、初めは比率を間違えてオイルの量が以上に多くなり白煙出しながら走ってました。
ヤマハTY50
新車で買った初めてのバイクです。原付免許しかないので50CCしか選択肢がありません。
ハスラーやDTと悩んだのですがスタイルでTYにしましたが、これが非力でトライアルにも馬力が足りないので使えませんでした。
このTYで神奈川県の神馬峠(和田峠)に仲間とツーリングに行きましたがヒーヒーいいながら坂を上がっていきましたが、エンジンが焼き付きそうでした。
普段公道で最高速は60キロがいいところです。まあ原付だから30キロ制限は当たり前ですがまあノロかったな。
それでもなんどか、丹沢などに釣りに行ってましたが、1年くらいでアルバイト先の高校生に売りましたね。
友人がホンダMT(MBのオフロードモデル)に乗っていて90キロは出るよと自慢してました。
「そのバイクもらえませんか?」
軒下などに、壊れて使わなくなったバイクなどがあると、片っ端から持ち主を捜して交渉してました。
まあ自分も小僧だったので、
「いただけませんか?」
と言うとたいがいはタダでもらえました。
スズキハスラー50やスズキマメタン50
え~壊れてるよ直るの?って言われたら部品とりにしますからって。でも直ったら乗りたいから廃車証明や名義変更などの手続きはしっかりやりました。
ハスラーは半年くらいしか乗りませんでしたね。
マメタン50はバイク屋さんでもう1台いただいてきてキャブレター回りなどを移植しました。
友人のKさんがバイクや車に詳しいので一緒に修理して、マメタン50は自分の足変わりになって重宝しました。
アルバイト先などほとんどこのバイクで通っていました。トラブルはチェーンがユルユルで途中で外れたことでしょうか。
まあ調整すれば直りましたけど。
ホンダMB50
一番長く乗ったのはホンダのMB50です。
このバイクは近所のアパートの軒先に壊れた状態でほったらかしになっていたのを、持ち主を捜して、いただいてきました。
キャブレーターとヘッドライト回りこ交換しただけでエンジンがかかるようになり、横浜から所沢まで当時流行ったサバイバルゲームをやりに、迷彩服のままバイクで対戦場所の清瀬市の雑木林に行った思い出があります。
原付はヘルメットは被らなくても違反にならなかった頃なので、ノーヘルで乗ってるときがほとんどです。
今考えれば危険ですね。MBは速かったです。
でも虫が目の中にバンバン入ってくるのにはまいりました。