1966年から少年マガジンで連載されていた巨人の星の原作者で、のちに柔道一直線、タイガーマスクやあしたのジョー、侍ジャイアンツ、空手バカ一代、愛と誠、空手地獄変シリーズや人間凶器、男の星座などの劇画や漫画の原作を手掛け、活躍した。
その漫画の中に登場してくる人物が、個性的で当時の若者にいい意味でも悪い意味でもかなり影響を与えた。
目次
大山倍達って誰?
小学校の5年か6年生の頃、近所の同級生が少年マガジンを持ってきて、空手バカ一代という漫画を指さして、この主人公の人は空手で牛の角を折ったりして無茶苦茶強いんだよ、今は禿げたオジサンだけど、これみんな本当にあった事が描かれているんだと私に説明してくれました。
中学生になってもそれほど興味がわかず、どちらかというと連載中の愛と誠の方が好きであった。
この頃私は東急東横線の沿線に住んでいたのですが、田園調布の駅近くに田園コロシアムがありました。
電車から見えるのですが、ある日渋谷に行く時に車窓から田園コロシアムの上の方に”猛牛と戦う空手”と横断幕が掲げられてるのが見えました。
何だろう?牛と戦う空手って大山倍達の事かなと思ったものです。
よくよく後で考えてみたら実際の大山倍達はすでに初老です。
牛と戦える歳でもありません。
どうやら千葉真一主演の空手バカ一代という、映画の撮影で若き日の大山倍達を演じ牛と戦うシーンの撮影でした。
その後、ガキ大将的な同級生は、空手をやらず、私が空手にのめり込む事になるなんてこの時はまったく考えもしませんでした。
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黒メガネの弟、真樹日佐夫
梶原一騎の実弟で、小説家、劇画や漫画の原作者でもあり空手の高段者でもあります。
兄の梶原からの紹介で大山倍達と知り合い、空手を学び極真空手の2段になった頃より、渋谷でマス大山空手スクールの実技本部長として空手の指導をします。
出典【現代カラテマガジン Vol159 昭和61年6月号】より
当時は第一回全日本大会優勝者の山崎照朝とともスクールで空手の指導をしていましたが、後に極真会館を出て麻布に自身の真樹道場を開設し後進の指導にあたります。
私もマス大山空手スクールの生徒でしたが、真樹先生の見かけのあまりの怖さに、実技道場での練習には遠慮していましたね。
よく芸能人や小説家、漫画家などが武道の道場に通って黒帯の何段とか言っている人が多くいますが、実際は義理で段位をもらっています。
ほとんど練習していないというのが多いのですが、真樹氏の場合は若い頃より亡くなられるまでずっと空手の修練をしていました。
ご本人が書かれた”極真空手21人の侍”などで、ニューヨークの極真の支部にいた熊殺しと異名をとっていた、ウイリーウイリアムスとのエキシビションで真樹氏とスパーリングをやることになり、自主トレーニングを過激にやるくだりに影響されて、私もスクワットを連続700回やっていた事があり懐かしい思い出です。
三浦美幸、シカゴでストリートファイト
ルックルックこんにちは?だったか今では思い出せませんが、アメリカのシカゴで映画の撮影中に町のならず者13人に絡まれて、空手の師範がほとんど全員をあっという間にKOしてしまうというニュースが流れました。
こんなに空手って強いのか。
極真空手って凄いな~と思っていました。
空手師範は100人組手も達成してアメリカに渡り、シカゴで道場を開いていた三浦美幸という日本人の人でした。
これは後に分かったのですが、最強最後のカラテという映画の宣伝のためやった、やらせでした。
ユーチューブなどでも見れますが、よく見るとやられるのに一人一人が順番に襲ってきますし、わざとゆっくり動いているようです。
まあ三浦氏の突きや蹴りは加減して当ててますが、相手は素人なのでたまらない事はかわりません。
この最強最後のカラテのレコードを当時買ってきてカセットテープに吹き込んで友人宅で繰り返し聞いていました。
格闘技が嫌いな友人は、あまりにしつこくテープを何度も巻き戻して、結構な音量で聞いていた私に、
「いい加減にしろ!」
と激怒してそのカセットテープを真っ二つに折られてしまいます。
あ~びっくりしたなもう。
いつも温和な友人が本気で怒ったら本当に怖かったなと思ったものです。
目が覚めたら焦りまくる
空手やテコンドーにのめり込んで10年近く経過しました。
25歳になった私は今だ人生の目的もなく仕事もアルバイトを繰り返す毎日です。
体をを鍛えていれば脳がマヒしていていい気分になって、その日1日仕事をしてきたような充実感があったのです。
これで何とかならないものか?そんな考えがあったようで、会う人会う人に練習や訓練の仕方が普通じゃないと言われていました。
身長170センチ体重64キロだった当時の私は夢の中にいたようです。
実際に身長180センチ体重80キロ以上の猛者が沢山いる中で生き残れるはずはない…プロレスラーにも相撲取りにも勝てるはずもなし。
バカみたいにそれしか見えなくなっていましたが、あたりを見渡し現実に帰ってみるとえ?俺って何やってんだよ。となり焦りまくります。
わー何の目的もなく時給が高いからとか、面白そうだからとアルバイトを転々としていた自分は我に帰ります。
強くなりたい、勝ちたいと思っていましたが、強い人は世の中いくらでもいます。
勝ちたいと言っても誰に?人生に勝てなければ意味がないのでは?と思えるようになります。
ですが空手やテコンドーの魔力に取り憑かれていた10年はエネルギーがあったのでそれなりに楽しい毎日でした。
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